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お詫びと訂正・・・・



  
   申し訳ありません、先日のお知らせにて

   次回オープンデイの日程を2月21日(土)

   とお伝えしましたが、2月28日(土)の 間

   違いでした。



   2月のオープンデイは

    2月28日(土) です。

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 『カエルとイーグル』 ばったり屋通信

 


 
   
   「質問をさせてください、ドイツ人が一世帯で持つ車と同じ数の車

  をインド人が持てばこの惑星はどうなるでしょうか。息をするための

  酸素がどれくらい残るのでしょうか。同じ質問を別の言い方ですると

  、西洋の富裕社会が持つ同じ傲慢な消費を世界の70~80億人の

  人ができるほどの原料がこの地球にあるのでしょうか? 可能です

  か?」


   「私たちがグローバリゼーションをコントロールしていますか?ある

  いはグローバリゼーションが私たちをコントロールしているのではな

  いでしょうか?」


   「現代に至っては、人類が作ったこの大きな勢力をコントロールしき

  れていません。逆に、人類がこの消費社会にコントロールされている

  のです。 私たちは発展するために生まれてきているわけではありま

  せん。幸せになるためにこの地球にやってきたのです。
 人生は短い

  し、すぐ目の前を過ぎてしまいます。命より高価なものは存在しませ

  ん。」

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  *2012年6月、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開かれた国連持続
   可能な開発会議(リオ+20)の席での、ウルグアイのホセ・アルベ
   ルト・ムヒカ・コルダノ大統領のスピーチより
 


   ムヒカ大統領の言う「幸せ」は、「世界ぜんたい幸福にならないうちは

  個人の幸福はあり得ない」と宮沢賢治の記したところの「幸福」と同じだ

  よね。

   その「幸せ」の在り方が、「ほんとうのさいわい」が何であるかが、虔十

  と彼の家族の姿のなかにたしかにあると思うのです。

   ということで、きょうはラストまで・・・。


   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

   ちなみに、ムヒカ大統領のスピーチはおススメです!まだご存知ない

  という方はこれを機会に全文に目を通されんことを。

  世界には、こんな大統領もいるのですよね。ウルグアイかあ。

 
    

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カエルとイーグル』 ばったり屋通信

    DSCN0873.jpg


   世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない

   自我の意識は個人から集団社会宇宙へと次第に進化する

   この方向は古い聖者の踏みまた教えた道ではないか

   新たな時代は世界が一つの意識になり生物となる方向にある

   正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識して

   これに応じて行くことである

   われらは世界のまことの幸福を索ねよう

   求道すでに道である



      宮沢賢治    『農民芸術概論綱要』 序論 より

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『カエルとイーグル』 ばったり屋通信

     
     山の側で暮らすようになってから、まあ、これはどんな場合にもい
    えることなのだけれど。実際に見て、触って、感じて、考えて、自分
    の感覚として理解するということがたくさんある。ぼくの住んでいる
    場所はまわりを山でかこまれていて、杉、檜の植林の山だけでなく
    、広葉樹や常緑樹の続く場所も多い。少し歩くと、幹の太さが50セン
    チ以上はあるクヌギやヤマザクラも見かけることができる。
    つい、木肌に触ってあいさつしたくなるくらいだ。けれど、その幹や、
    高い上の枝にはたいてい蔓が巻きついていて、半ば食い込んでいた
    り、大きな枝や幹自体が蔓に引っ張られ、締め上げられて傾いていた
    り、不自然に曲がってしまっていたりする。蔓の太さはときに20~30
    センチのものも。この蔓はいったいどれくらいの時間をかけてこんなに
    も地面に根を這わせ広がっていったのだろう。蔓の生命力に驚くと同時
    に、木々の悲鳴や呻き声も聴こえてくる。そういう樹の傍らに実際独り
    で寄り添っていただくと、きっとその感じは伝わるのではないかな。
     先日、山の責任者の方の了承を得ることができて、ここ何日か鋸とチ
    ェーンソウを手に山に入ってひたすら蔓切り。一本の樹に絡まったいく
    つもの蔓の束を取り除いて振りむくと「こっちも!」「おねがい!」と次々
    目が合って、気づいたら陽が暮れかかっていたのだよね。
     山を下りると、ひと時呆然と立ち尽くしてしまった。なんといっても山暮
    らし年少組、チェーンソウの重みが肩に堪える。もしや背中の痛みはあ
    の蔓たちの積み重ねた時間の層が覆いかぶさってきたのかも知れない
    な。思わずふーっと一息ついたら、久しぶりにあのおはなしが読みたくな
    った。

          DSC00155.jpg

    
     

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 『 カエルとイーグル』 ばったり屋通信

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『カエルとイーグル』 ばったり屋通信

       『ばったり出会った絵本たち!』

      今日は、おとなに限らず、どの年齢層でもいけるものを・・・。

          DSCN0710.jpg

        『ゴムあたまポン太郎』 長 新太・作/ 童心社

      ほかにはゆずれないハテンコーにして明瞭に表現しきってる
     主人公のネーミング。それが、このおはなしの題名でもある。 
      なんと堂々とした佇まい。・・・・「あたまがゴムだって」・・・
     「それってスゴイ設定!!」などなど、自称「おとな」の方々は、
     まずそこで足を止めてしまうでしょう。 しかし・・・
      とおくのほうから、おとこのこがとんできました。
      あたまがゴムでできている「ゴムあたまポンたろう」です。
 
     というはじまりからすーっとそのままこの世界に入っていける
     のが他称「こども」と呼ばれてる人たちであります。ユーモア
     とは、疑ったり、分析したりするのではなく、澄み切った目で
     ものがたりのなかに入っていって、その世界を味わうことで
     感じるものではないでしょうか。その点、長さんはユーモアの
     世界を道案内してもらったら右にでるモノのない案内人でしょう。

      おとなの方々にも是非どっぷり浸かっていただくと、世界が明
     るくなると思いますので、長さん本は、ぽつぽつと載せていきま
     すのでどうぞよろしう。

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  ・・・お知らせ・・・


     申し訳ありません。
    今月のコゲラ文庫オープンデイは
    都合により
 お休み させていただきます。


     次回オープンデイは2月21日(土)です。

 『カエルとイーグル』 ばったり屋通信


       『ばったり出会った絵本たち!』


        DSCN0646.jpg

    ふゆっていうのはね、 と ヤギがいいました。
    とってもきれいなんだ。 雪がふってきて、
    なにもかも、まっ白になるんだ。

            リスは、 ふゆは いつもねていました。
            こんどこそ、おきていよう。はじめての雪がふって、
            ふゆが やってくるまで!



    『リスとはじめての雪』 ゼバスティアン・メッシェンモーザー 作
     松永美穂 訳 / コンセル


     この季節に読みたい作品、第二段。雪を見たことのないリスと
    そのなかまたちのピースな冬の日。どちらかというと「おとな」向
    きの絵本ではないかな。というのは、なんといっても間の入れ方
    が絶妙で、それを支えているのが絵のチカラ。
     ラストのシーンではしずかに落ちてくる雪の音が聴こえてきそう
    で、なんとも温かい気持ちになります。ときにはあたまをすっぽり
    とどこかにおいて、この本に流れている時間のなかに、おとなた   
    ちはでかけてみるといいかもしれません。

  
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 『カエルとイーグル』 ばったり屋通信

 
        「ホピの長老たちの声明」
 
   
    あなたはあなたの人々にそのことを伝えてきている

    けれどもいまこそがまさにその時だということを

    あなたの人々のところに戻って伝えなさい。

    よく考え、重んじられるべきことがあります。

    
    あなたがどこに暮らしているか?

    あなたは何をしているか?

    あなたはどんなつながりをもっているか?

    あなたは正しいつながりのなかにいるか?

    あなたの水はどこからくるのか?

    あなたの畑のことを知りなさい。

    いまこそが、あなたの真実を話す時です。

    あなたのコミュニティーをつくりなさい。

    お互いをいたわり合いなさい。

    リーダーを自分の外に探してはいけない。

    いまこの時を、あなたは楽しむこともできる。

    
    いまという時、川の流れはとても速くなっている。

    とても強い流れなので、怖がる人も出てきます。

    それによって切り離されたように感じて、

    ひどく苦しむ人もいます。

    でも、その川にはたどりつく先があることを、

    知っていてください。

    長老たちは言います。

    私たちはいまこそ岸辺を離れ、その流れに飛び込み、

    目をしっかりと見開き、

    水の上に頭を出さないといけない時だと。

    その流れのなかにともにいるのが誰なのかを

    しっかりと見て、彼らとともに祝いなさい。

    歴史のこの時において、
    
    何も個人的にとらえてはいけない。

    個人的にとらえた瞬間に私たちの精神的な成長と旅は、

    止まってしまうだろう。

    一匹狼の時代は終わった、皆で集まりなさい。

    あなたの態度からも言葉からも、

    葛藤という言葉をなくしなさい。

    私たちがいますることすべてを、

    聖なる方法で喜びとともに行いなさい。


    私たち自身こそ、私たちの待ち望んでいたものである。


    アリゾナ、オライビ村
    ホピ独立共和国の長老たちより



             
          『ヤナの森の生活』 ヤナ著 ケイコ・フォレスト 訳
                              WAVE出版 より

    
     
     



  

『カエルとイーグル』 ばったり屋通信

 
   まとまった時間がとれて、先日ようやく念願の堆肥場が
  できあがりました。古くなった竹と落ち葉掃除も兼ねての
  一石二鳥!集めた落ち葉はそこそこのかさでも、体重を
  かけて踏み込むとけっこう沈むのですね。
        
     DSCN0562.jpg
  
   それでも器が足りなくて、がんばってしまいました・・・。

    DSCN0560.jpg
   
   栗の木にもよろこんでもらえるやろか。
   もちろん落ち葉はまだまだあって、堆肥場もあと2,3個
  はというところ。

   竹を切って、石を運んで並べて、二日ほどでずいぶん景
  色が変わりました。それでふっと思ったのは、こんなふうに
  景色や環境を変えることができるのは人間だけなんだよな
  、ということ。だからこそ、こころしてやらないとね。アリさん
  、ムカデさんたちにはかなり新居へのお引越しをうながして
  しまいました。石を持ち上げてから、「あっごめん!」って戻
  したのも何回かあったな。
   山で仕事をする時は、まず山の神さんにお祈りをします。
  作業の安全と、小さな生き物たちを傷つけることのないよう、
  よりよい場所へ速やかに移れるようにと。それでも気づかぬ
  ところで殺めてしまうこともある。だからこそ、わたしたちは自
  分の振る舞いと気持ちの在り様に気をつけたいものですね。
  刈り払い機のエンジンが急にかからなくなったり、鳥がさっと
  目の前を通り過ぎたり、いろんなやりかたで山の神さんは教
  えてくれます。そんなときは一呼吸がいちばん。

   ということで・・・

   『ばったり出会った絵本たち!』

     DSCN0565.jpg
  
   森には目には見えない妖精がいて、立ち入る人間のこと
  をちゃんと見ている。そして、その人の行いにふさわしいお
  返しをするというおはなし。ついつい「こぶとり爺さん」を思
  い浮かべてしまいますが、こういうことっってあるとおもいま
  す。山に入るときは自分の内側を意識して、おだやかな気
  持ちで行きましょう。

  『よるの森の秘密』~スイス南部の昔話しより~ ケティ・ベ
  ント 絵 エベリーン・ハスラー 文若林ひとみ 訳/冨山房

                DSCN0567.jpg

 『カエルとイーグル』 ばったり屋通信


   ご縁のある福島県南相馬市小高区にあるお寺、同慶寺のご住職、田中徳
  雲さんより寺報をいただきました。一読するなり、これは自分だけにとどめず
  、多くのひとに読んでいただきたい内容と思い、ご住職の「新年のご挨拶」全
  文を載せさせていただきます。同慶寺は福島第一原子力発電所から17キロ
  に位置し、現在「避難指示解除準備区域」として日中の出入りはできても居
  住はできない状況にある小高区にあるお寺です。寺は高台に建っています
  が、地震の折はすぐ下手の地区は津波に流され大きな被害を受けました。


    新年あけましておめでとうございます。
    謹んでみなさまの御健勝をお祈りいたします。
    昨年は皆様にとってどのような一年でしたか。

    あの日から四度目の年越し・・・。今なお十七万人もの人々が避難
   生活を余儀なくされています。それは十七万通りの避難生活者物語
   があるということ。この生活は、支えてくださる方達のお陰で楽しい時
   もありますが、ほとんどは厳しく辛いものです。
    長期化しているので心身ともに、疲弊し、麻痺し、どのくらい疲れて
   いるのかも分からなくなっています。疲れているのか、もしかしたら被
   爆によるブラブラ病の類なのかも分かりません。心は見えないので、
   私たちの心がどれ程傷ついているのかも、理解していただくのは難し
   いと思います。例えてみれば、私たちの心は、傷口が大きく開いたま
   ま、一時は血がだらだら流れていたと思います。時間の経過と共に血
   は止まりましたが、傷が治ったわけでも、癒えたわけでもありません。
   なんとか、ぶ厚いかさぶたができた状態ではないでしょうか。傷口がな
   かなか癒されない大きな理由の一つが、誰もちゃんと責任を取らない
   し、取れない、それどころか真心のこもった謝罪さえもないことにあると
   思います。
    生活は根こそぎ変わり果ててしまいました。それを加害者側はお金で
   精算すると言っています。お金では計れないもののほうが世の中には
   多いはずなのに。そしてなにより、いのちを根底から支える、大地と水、
   海に、放射能が入り込んでしまいました。
    私たちは福島で生活を続けても良いのでしょうか?冷静に判断すれ
   ば私はかなり厳しいと思っています。これは当初から変わりません。
   チェルノブイリや世界中の負の経験から学べば、被爆は子どもの子ども
   にまで影響が出ています。しかし、現実は、帰還政策の中でふるさとの
   なるべく近くで生活をしたいと考える人たちを放っておくことは、私にはで
   きませんでした。これは義理や人情の面からです。悩みながら今できる
   ことをしています。
    お陰様でお寺の復興は少しづつ進んでいます。ですが、本堂や、御霊
   屋の土壁など、本格的な修復はこれからです。今年は、なにをどこまで
   修繕するのか、将来を見据え、しっかり話し合い、少し前進したいと思っ
   ています。
    未来は私たちが想うとおりになっていきます。人々が強く平和を求めれ
   ば平和になっていくでしょうし、無関心で人任せであればひどい世の中に
   なっていくでしょう。今、生き方が問われています。生活の質を見直してい
   きましょう。一度きりの人生、死ぬ直前に「ああすればよかった、こうすれ
   ばよかった」と後悔したくないですからね。大切なのは大地といのちです。
   一度目覚めたら後戻りはできません。自らが変化の一部になっていきま
   しょう。社会や自身の限界を超えて、和合と融合、寛容の中に進化する
   時だと思います。
    新年早々、重い挨拶になってしまいましたが、本音です。本音で話せる
   関係を築いていきたいですね。
    本年もどうぞよろしくお願いいたします。
                                        合掌 
 


    同慶寺ご住職、田中徳雲師はご自身も比較的ベクレルの低いと言われ
   ているいわき市にご家族(小学生から三歳までのお子さんが四人いらっし
   ゃいます)と避難生活をしながらも、車で福島第一原発の横を通ってお寺
   へ通い(車内最大15マイクロシーベルト/1,2分)様々な状況におかれた
   檀家さんをはじめ、ふるさとを想う人々の心の拠りどころとしてお寺を守っ
   てご尽力されています。
    近く「避難指示解除」の声もあるようですが、除染が進んだといっても、根  
   本的な対策や整備がされたわけではありません。津波にのまれていのち
   を落とされた方や死の灰によって避難生活を余儀なくされている方々、ま
   たこうしている間にも福島第一原発で被爆をしながら作業をされている方
   々、そういう「局」に立たされた人々というのはどうにもならない状況を受け
   入れざるをえないわけです。そんな時、窮まった局面を打開していく役を担
   えるのは「局」の外側にいる人たちしかいません。変化を求められているの
   は、福島の、或いは線量の高い地域で暮らしている人々だけではなく、遠く
   で暮らす(距離だけでなく)わたしたち全員ではないでしょうか。
    逃げる場所などどこにもなく、ひとりひとりが自分の責任で現状を変え
   ていくなにかを見つけなくてはならない時です。局にいないのなら、少な
   くともそれを自分から始める自由が与えられているということ。

    『大切なのは大地といのち』
   
   

    

『カエルとイーグル』 ばったり屋通信


    子どもたちのまえで絵本を読んでいる時間が好きです。目の
   まえの子どもたちのことを思いながら、図書館や本屋さんに行っ
   て選んでくるのですが、さて読み始めると、お話がすすんでいく
   につれて、子どもたちの表情がかわっていくのね。その瞳の向い
   ている先は、ぼくが開いてる本のページではなく、自分のイメー
   ジの中でいま、動いているものがたりの情景なんだろうなあ。そ
   んなふうにお互いのあいだにある種の熱をもって、子どもたちと
   おはなしの時間を共有するのは何にも代えがたく心地よい時間
   です。
    ときに、おとなの人に読む機会もあるのですが、その場合、子ど
   もたちのように様子が劇的に変わるというのはなくなります。残念
   なことですが、おとなになる過程でイメージの世界への出入りパス
   をどこかにしまいこんだまま忘れてしまうのですよね。しかしながら
   、図書館にあるすべての絵本というわけにはいかないけれど、力
   をもつ絵本はそんなおとなたちのハートの扉も何度となくノックして
   くれると思ってます。もち、扉をあけるのはわたしたち次第。
    ということで
   『ばったり出会った絵本たち!』
    
   
      DSCN0555.jpg

    その季節にしか読めないものってあります。この黒猫さんのみてる
   のもそんな一冊。『黒ねこのおきゃくさま』 ルース・エインズワース・
   作 荒このみ・訳 山内ふじ江・絵/福音館書店。
    ある風雨のきびしい晩のこと、まずしいひとり住いのお爺さんの家
   にひとりのお客さんがやってきます・・・・。本当のゆたかさっていうの
   は与ることのなかにあるんだよね。こういうおはなしはやっぱり寒い
   季節にしみるなあ。

    猫というと・・・・・。
    いつの頃からか、道路で車にひかれてる動物たちの亡骸を見つけ
   ると、そのまま放っておけなくなってしまいました。落ち着ける場所を
   探して土に帰してあげたくてね。だいたい悲惨な状況なんだけど、祈
   ってあげる人がいればきっと楽になるんじゃないかって思うと案外で
   きるものです。一度はバイトに行く途中にお亡くなり猫ちゃんを見つけ
   てしまい、ごめんなって帰りの夜遅い時間に車を停めて穴掘ってたら
   、近くに停まってた車から女性が二人降りてきて「これ使って下さい」
   ってスコップを貸してくれたの。その方たちも気づいて家にスコップと
   りにいって埋めてあげようってちょうど来たとこみたいで一緒にお弔い
   したのでした。そのときは世界もまだ捨てたモンじゃないなって思った
   なあ。亡骸のなかにはもう魂はいないけど、それが入っていた器として
   のからだはやっぱり敬ってしかるべきと思うのです。いのちあるものは
   人間だけじゃなくてみんないっしょだよね。
    
    
    
   


   

 『カエルとイーグル』 ばったり屋通信

   
   
     もしや雪!、それならと年末で閉館前の図書館に駆けつけ、何冊
    か選ぶ。最後の一冊、いちばん上の棚に置いてあった背表紙に目
    が止まり、つれて帰ってきました。
     で、晴耕雪読。お年寄りのことばにピッっとアンテナが立つ。

   
      私も抜け道のない暗いトンネルにたびたび入りまして、そこ
     からひき返すのに、非常に手間がかかりました。自分でこうだ
     と思い込んでしまうと、どんどんそこへ入ってしまい、どうにも
     ひき返すことができない。
     ・・・・その人、その人が、のっぴきならぬ形で、自分の穴の中
     で突き当たった時には、どれかの作品が役に立ち、また、そう
     いうものがないとひき返すことができないのです。

      私は『シラノ・ド・ベルジュラック』と出会い、暗がりからひき返
     すことができたことがあります。何を書いてもうまくいかない時
     に、ふっと読んで、突き当たっている壁のすべてがわかったよ
     うな気がしました。
大事なのは自分の心です。
    自分に求めるものがなくては出会うこともで
    きないのです。


     (『老人と付き合う』 新藤兼人著/岩波ジュニア新書 より)


      新藤兼人さんは映画監督。シナリオライターをしていた若き日
     の修行時代を振り返っての一節。
      これは重厚に経験を積まれた方のいわゆる書く側の感覚です。
     けれど読む側にとっても、つまり自分にとって必要としている本や
     物語に出合う時も同じことが言えるなあ。

      誠実にこころから求めてる人のことを、おはなしの神さんはちゃ
     んと見てはる。

     


 『カエルとイーグル』 ばったり屋通信


          DSCN0540.jpg
 
      つよい風に雪が舞い、あっという間に猛吹雪。
      2015年、あけましておめでとうございます。

      今年はどんな年になるのでしょうか。世界中で日々さまざま
     なことが起きているように、わたしたちひとりひとりの内側でも
     いろんなことが起こっているのですね。世界は常に動いていて
     、ひと時も定まってはいない。わたし達自身がその絶え間ない
     変化の一部ともいえます。
      この一、二世紀ですっかり病んでしまった青い星。その青い
     大洋のかた隅にある弓形の列島のうえに築かれた日本という
     国がこれからどこへ行くのか。そのカギを握っているのが他な 
     らぬわたし達ひとりひとりということなのでしょう。
      昨年師走の衆院選での投票率は戦後最低の52%だとか。
     知り合いの20代の若者は、「どうせ俺が行っても変わらないし
     」と・・・。

      少しまえのこと、なぜだか『未来少年コナン』って急に気になり
     だして、全26話を見てしまいました。これは1978年の宮崎駿
     初監督作品なんだそうです。8才の時に見ていたのだけど、ほ
     とんど覚えてなく、原作があることに気づいてこれも読んでみま
     した(『残された人々』/アレグザンダー・ケイ著)。
      気づいたのは原作をモチーフにかなりアレンジされているのだ   
     けれど、『未来少年~』はそれ独自の物語であること。
      チーム宮崎はあの時代にすごい仕事をされたのですね。という
     のは、この作品は今この日本というクニに生きるわたし達に向け
     てつくられたように受け取られたからです。2008年に核兵器を
     超える「超磁力兵器」を使った戦争が起こり、地軸がずれ、地殻
     変動が起こり文明は海にのまれて滅びてしまう。わずかに生き
     のびた人々がそれからどう生きたかというお話。大津波が出てき   
     た時はドキッとすると同時に、この物語の底力を感じました。
      今を生きるおとな達に見てほしい。ラナやコナンの、そして描かれ
     たひとりひとりの登場人物たちが大切なことを教えてくれるはず。

      時代がかわりつつあるいま、文明が滅んださきにやってくる世界。
     作品中描かれたハイハーバーで暮らす人々の姿に学んで、わたし
     達おとなは「だって投票行ってもかわんないし」って後からやってくる
     世代に、それこそ生きている姿でもって伝えていきたいものです。

     世界はわたしたち次第。
     「こころでつよくおもうこと」
     2015年、時代の、この地球の正念場。
     よきものがたりがたくさんたくさん生まれますように!

          DSCN0541.jpg


     そうそう、『未来少年~』は2028年ころの地球が描かれています。
     コナンはだいたい12,3才。ということは、今年か来年あたり、あの
     世代が産まれてくるんだよなあ。
          
          
       

     
     
 
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じじのしっぽ

Author:じじのしっぽ
ひめじ森のおおきな木・コゲラ文庫の活動の様子を綴ります
黒猫ジジの同居人

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