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『カエルとイーグル』 ばったり屋通信

     
     山の側で暮らすようになってから、まあ、これはどんな場合にもい
    えることなのだけれど。実際に見て、触って、感じて、考えて、自分
    の感覚として理解するということがたくさんある。ぼくの住んでいる
    場所はまわりを山でかこまれていて、杉、檜の植林の山だけでなく
    、広葉樹や常緑樹の続く場所も多い。少し歩くと、幹の太さが50セン
    チ以上はあるクヌギやヤマザクラも見かけることができる。
    つい、木肌に触ってあいさつしたくなるくらいだ。けれど、その幹や、
    高い上の枝にはたいてい蔓が巻きついていて、半ば食い込んでいた
    り、大きな枝や幹自体が蔓に引っ張られ、締め上げられて傾いていた
    り、不自然に曲がってしまっていたりする。蔓の太さはときに20~30
    センチのものも。この蔓はいったいどれくらいの時間をかけてこんなに
    も地面に根を這わせ広がっていったのだろう。蔓の生命力に驚くと同時
    に、木々の悲鳴や呻き声も聴こえてくる。そういう樹の傍らに実際独り
    で寄り添っていただくと、きっとその感じは伝わるのではないかな。
     先日、山の責任者の方の了承を得ることができて、ここ何日か鋸とチ
    ェーンソウを手に山に入ってひたすら蔓切り。一本の樹に絡まったいく
    つもの蔓の束を取り除いて振りむくと「こっちも!」「おねがい!」と次々
    目が合って、気づいたら陽が暮れかかっていたのだよね。
     山を下りると、ひと時呆然と立ち尽くしてしまった。なんといっても山暮
    らし年少組、チェーンソウの重みが肩に堪える。もしや背中の痛みはあ
    の蔓たちの積み重ねた時間の層が覆いかぶさってきたのかも知れない
    な。思わずふーっと一息ついたら、久しぶりにあのおはなしが読みたくな
    った。

          DSC00155.jpg

    
     
    『虔十公園林』
                    宮沢賢治


 
   虔十はいつも縄の帯をしめて、わらってもりの中や畑の間をゆ

  っくりあるいているのでした。

   雨の中の青い藪を見ては、喜んで目をぱちぱちさせ、青空をど

  こまでもかけていく鷹を見つけては、はねあがって手をたたいて

  みんなに知らせました。

   けれどもあんまり子どもらが虔十をばかにしてわらうものですか

  ら、虔十はだんだんわらわないふりをするようになりました。

   風がどうとふいて、ぶなの葉がチラチラ光るときなどは、虔十は

  もううれしくてうれしくて、ひとりでにわらえてしかたないのを、むり

  やり大きく口をあき、はあはあ息だけついてごまかしながら、いつ

  までもいつまでもそのぶなの木を見上げて立っているのでした。

   ときにはその大きくあいた口の横わきを、さもかゆいようなふりを

  して指でこすりながら、はあはあ息だけでわらいました。

   なるほど遠くから見ると虔十は口の横わきをかいているか、ある

  いはあくびでもしているかのように見えましたが、近くではもちろん

  わらっている息の音もきこえましたし、くちびるがピクピク動いている

  のもわかりましたから、子どもらはやっぱりそれもばかにしてわらい

  ました。

   おっかさんにいいつけられると虔十は水を五百ぱいでもくみました。

  一日いっぱい畑の草もとりました。けれども虔十のおっかさんもおとう

  さんもなかなかそんなことを虔十にいいつけようとはしませんでした。

   さて、虔十の家のうしろにちょうど大きな運動場ぐらいの野原がまだ

  畑にならないで残っていました。

   ある年、山がまだ雪でまっ白く野原には新しい草も芽を出さない時、

  虔十はいきなり田打ちをしていた家の人たちの前に走ってきていい

  ました。

   「お母、おらさ杉苗七百本、買ってけろ。」

   虔十のおっかさんは、きらきらの三本ぐわを動かすのをやめて、じっ

  と虔十の顔を見ていいました。

   「杉苗七百ど、どごさ植ぇらぃ」

   「家のうしろの野原さ。」

   そのとき虔十のにいさんがいいました。

   「虔十、あそごは杉植ぇでもおがらなぃところだ。それより少し田でも打

  ってすけろ。」

   虔十はきまり悪そうにもじもじして下をむいてしまいました。

   すると虔十のおとうさんがむこうで汗をふきながらからだをのばして、

   「買ってやれ、買ってやれ。虔十ぁ今まで何一つだてたのんだごとぁ

  なぃがったもの。買ってやれ。」

  といいましたので虔十のおかあさんも安心したようにわらいました。

   虔十はまるでよろこんですぐにまっすぐに家のほうへ走りました。

   そして納屋から唐ぐわをもち出して、ぽくりぽくりと芝を起して、杉苗

  を植える穴をほりはじめました。

   虔十のにいさんがあとを追ってきてそれを見ていいました。

   「虔十、杉ぁ植える時、掘らなぃばわがなぃんだじゃ。あしたまでま

  て。おれ、苗買ってきてやるから。」

   虔十はきまり悪そうにくわをおきました。

  つぎの日、空はよく晴れて山の雪はまっ白に光り、ひばりは高く高く

  のぼってチーチクチーチクやりました。そして虔十はまるでこらえきれ

  ないようににこにこわらって、にいさんに教えられたように、こんどは

  北のほうのさかいから杉苗の穴を掘りはじめました。じつにまっすぐ

  にじつに間隔正しくそれを掘ったのでした。虔十のにいさんがそこへ

  一本ずつ苗を植えていきました。

   そのとき野原の北側に畑をもっている平二が、きせるをくわえてふ

  ところ手をして寒そうに肩をすぼめてやってきました。平二は百姓も

  少しはしていましたが、じつはもっと別の、人にいやがられるような

  ことも仕事にしていました。

  平二は虔十にいいました。

   「やい、虔十、ここさ杉植えるなんてやっぱりばかだな。第一おらの

  畑ぁ日かげにならな。」

   虔十は顔を赤くして何かいいたそうにしましたがいえないでもじもじ

  しました。

   すると虔十のにいさんが、

   「平二さん、おはようがす。」といってむこうに立ち上がりましたので、

  平二はぶつぶついいながら、またのっそりとむこうへ行ってしまいま

  した。

   その芝原へ杉を植えることをわらったのはけっして平二だけではあ

  りませんでした。あんなところに杉など育つものでもない、底はかたい

  粘土なんだ、やっぱりばかはばかだとみんながいっておりました。

   それはまったくそのとおりでした。杉は五年までは緑いろの心がまっ

  すぐに空のほうへのびていきましたが、もうそれからはだんだん頭が

  まるくかわって七年目も八年目もやっぱり丈が九尺ぐらいでした。

   ある朝、虔十が林の前に立っていますと、ひとりの百姓がじょうだんに

  いいました。

   「おおい、虔十。あの杉ぁ枝打ぢさなぃのが。」

   「枝打ぢていうのは何だぃ。」

   「枝打ぢつのは下のほうの枝、山刀で落とすのさ。」

   「おらも枝打ぢするべがな。」

   虔十は走って行って山刀をもってきました。




   ・・・・きょうはここまで。つづきはまた・・・。

      
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