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 『カエルとイーグル』 ばったり屋通信

 


 
   
   「質問をさせてください、ドイツ人が一世帯で持つ車と同じ数の車

  をインド人が持てばこの惑星はどうなるでしょうか。息をするための

  酸素がどれくらい残るのでしょうか。同じ質問を別の言い方ですると

  、西洋の富裕社会が持つ同じ傲慢な消費を世界の70~80億人の

  人ができるほどの原料がこの地球にあるのでしょうか? 可能です

  か?」


   「私たちがグローバリゼーションをコントロールしていますか?ある

  いはグローバリゼーションが私たちをコントロールしているのではな

  いでしょうか?」


   「現代に至っては、人類が作ったこの大きな勢力をコントロールしき

  れていません。逆に、人類がこの消費社会にコントロールされている

  のです。 私たちは発展するために生まれてきているわけではありま

  せん。幸せになるためにこの地球にやってきたのです。
 人生は短い

  し、すぐ目の前を過ぎてしまいます。命より高価なものは存在しませ

  ん。」

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  *2012年6月、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開かれた国連持続
   可能な開発会議(リオ+20)の席での、ウルグアイのホセ・アルベ
   ルト・ムヒカ・コルダノ大統領のスピーチより
 


   ムヒカ大統領の言う「幸せ」は、「世界ぜんたい幸福にならないうちは

  個人の幸福はあり得ない」と宮沢賢治の記したところの「幸福」と同じだ

  よね。

   その「幸せ」の在り方が、「ほんとうのさいわい」が何であるかが、虔十

  と彼の家族の姿のなかにたしかにあると思うのです。

   ということで、きょうはラストまで・・・。


   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

   ちなみに、ムヒカ大統領のスピーチはおススメです!まだご存知ない

  という方はこれを機会に全文に目を通されんことを。

  世界には、こんな大統領もいるのですよね。ウルグアイかあ。

 
    


『虔十公園林』 のつづき・・・



   
   お話はずんずんいそぎます。

   つぎの年、その村に鉄道が通り、虔十の家から三町ばかり東のほ

  うに停車場ができました。あちこちに大きな瀬戸物の工場や製糸工

  場ができました。そこらの田や畑はずんずんつぶれて家がたちまし

  た。いつかすっかり町になってしまったのです。その中に虔十の林だ

  けは、どういうわけかそのまま残っておりました。その杉もやっと一丈

  ぐらい、子どもらは毎日毎日集まりました。学校がすぐ近くに建ってい

  ましたから、子どもらはその林と林の南の芝原とを、いよいよ自分ら

  の運動場のつづきと思ってしまいました。

   虔十のおとうさんも、もうかみがまっ白でした。まっ白なはずです。

  虔十が死んでから二十年近くなるではありませんか。

   ある日、昔のその村から出て、いまアメリカのある大学の教授にな

  っている若い博士が、十五年ぶりで故郷へ帰ってきました。

   どこに昔の畑や森のおもかげがあったでしょう。町の人たちもたい

  ていは新しく外からきた人たちでした。

   それでもある日、博士は小学校からたのまれて、その講堂でみん

  なにむこうの国の話をしました。

   お話がすんでから博士は校長さんたちと運動場に出て、それから

  あの虔十の林のほうへ行きました。

   すると若い博士は、おどろいて何べんもめがねをなおしていました

  が、とうとう半分ひとりごとのようにいいました。

   「ああ、ここはすっかりもとのとおりだ。木まですっかりもとのとおり

  だ。木はかえって小さくなったようだ。みんなも遊んでる。ああ、あの

  中にわたしやわたしの昔の友だちがいないだろうか。」

   博士はにわかに気がついたようにわらい顔になって、校長さんに

  いいました。

   「ここはいまは学校の運動場ですか。」

   「いいえ、ここはこのむこうの家の地面なのですが、家の人たちが

  いっこうかまわないで、子どもらの集まるままにしておくものですか

  ら、まるで学校の付属の運動場のようになってしまいましたが、じ

  つはそうではありません。」

   「それはふしぎな方ですね。いったいどういうわけでしょう。」

   「ここが町になってから、みんなで売れ売れと申したそうですが、

  年よりの方がここは虔十のただ一つのかたみだから、いくらこまっ

  ても、これをなくすることは、どうしてもできないと答えるそうです。」

   「ああそうそう、ありました、ありました。その虔十という人は少し

  たりないとわたしらは思っていたのです。いつでもはあはあわらっ

  ている人でした。毎日ちょうどこのへんに立ってわたしらの遊ぶの

  を見ていたのです。この杉もみんなその人が植えたのだそうです。

  ああまったくたれがかしこく、たれがかしこくないかはわかりません

  。ただどこまでも十力の作用はふしぎです。ここはもういつまでも子

  どもたちの美しい公園地です。どうでしょう。ここに虔十公園林と名

  をつけて、いつまでもこのとおり保存するようにしては。」

   「これはまったくお考えつきです。そうなれば子どもらもどんなにし

  あわせかしれません。」

   さてみんなそのとおりになりました。

   芝生のまんなか、子どもらの林の前に、

   「虔十公園林」とほった青いかいらん岩の碑が建ちました。

   昔のその学校の生徒、今はもうりっぱな検事になったり、将校に

  なったり、海のむこうに小さいながら農園をもったりしている人たち

  から、たくさんの手紙やお金が学校に集まってきました。

   虔十のうちの人たちはほんとうによろこんで泣きました。

   まったくまったく、この公園の杉の黒いりっぱな緑、さわやかなに

  おい、夏のすずしいかげ、月光色の芝生が、これから何千人の人

  たちに、ほんとうのさいわいが何だかを教えるかかぞえられません

  でした。

   そして林は、虔十のいた時のとおり雨がふっては、すきとおるつめ

  たいしずくをみじかい草にポタリポタリと落とし、お日さまがかがやい

  ては、新しいきれいな空気をさわやかにはき出すのでした。


                                   おしまい。



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